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死ぬのはアトピーが治ってからでもいいんじゃない?

これは実話ではなく、創作です。

アトピーが治って気付いてしまったこと

以前の記事に、アトピーが治ったらしてみたい事の一つに、思いっきり化粧をしてみたいというのがあって、でも実際に治ったら、化粧をしたくないって事に気付いたという話を書いた。

 

happyqueen.hatenablog.com

 

それと同じように、やってみたい事は沢山あって、アトピーの時には憧れてたっていうか、普通のことなんだけど、できなかったから、やっぱりやってみたいんですよね。

些細な事が多いんですけど。

 

例えば、頭皮のブラッシングとか。

頭のアトピーが酷い時があって、酷くない時でも痛い時が多かったので、ずっと地肌に触らないように気をつけて髪を梳かしてたんですよね。

だから、普通のことなんですけど、普通にブラッシングできるのが嬉しかったりします。

 

パイナップルとかキウイなんかを、唇に触れないように食べても唇や、唇周辺が荒れたので食べないようにしていたんですけど、今は普通に食べる事ができて嬉しいとか。

 

ナイロンとかポリエステル系の肌着を使ってみたら、普通に良くてびっくりしたとか。

アトピーの時は、軽く触れただけでゴワゴワするというか、チクチクするというか、変な熱を感じてすっごく不快だったのに。

モコモコ靴下とか、普通にふわふわに感じられて、暖かくてしあわせな物なんだなぁって。これはみんな愛用するわ!って実感できた事とか。

 

でも、やってみても面白くなかったり、やる気にならないものもあったけど。

 

可愛い洋服とか、おしゃれを楽しみたいって思ってた。特に、半袖の服とか着てみたいって(肌が見えない服を選んでましたから)。

今まで選んでた基準が、長袖とか、肌が見えない、肌触りのいいもの、というのを前提に選んでいたせいなのか、何か…、着たい服がない。たぶん、高い値段を払えば、欲しい服も見つかる可能性が少しは上がるでしょうけど、高けりゃいいってもんでもないし…。(今って洋服に限らず、高くても良くないものが、いっぱいあってびっくりする。)

こんなに沢山の洋服屋さんがあって、品物もいっぱいあるのに、着たい服がないなんて、なんだか悲しい。

まぁ、服は作ればいい。裁縫は得意ではないけど、それでも自分で作った方がいい気がする…。

 

美味しいものを食べたいとか、沢山食べたいとかも思った。

最初の頃は、おいしくて幸せだし、色んなものを外食したりできるのが、楽しくて嬉しかった。

だけど、油が合わないのか?、お腹が痛くなったり、吐いたりしてしまった時もある。

あと、思った以上にたくさん食べられないし、かといって残すのも嫌だしとか、前は美味しいと思っていたものが、美味しく感じられなくなったりして、なんだかなぁ…。

結局、自宅で作る粗食が美味しいって思っちゃうし、ご飯と漬物だけで最高!これぞ至高!なんて思っちゃったりするし。(れんげ草がおいしいとか言ってる奴だからね)

 

これはこれでいいんだけどさ、期待してたのとはちょっと違うというかね。

 

食品でも製品でもさ、こんな商品があるんだ!って、前は試してみたかったけど試せなかったものとか、試してみたいじゃん?

 

で、あぁ…、こんな感じなんだって。

買った瞬間と、試した瞬間だけを楽しむものなんだって、割り切ればいいのかもしれないんだけど、そういう風にはできてないからさ。

試してみた価値はあるのかもしれないけど、その後は使えないとか、食べられないとか、そういうのは悲しくなる。

別に必需品でもないから、一通り試してみたら、もう試す気もなくなって、なくてもいいんじゃない?って思ったりするし。

 

沢山のものが、別に無くてもいいんだよね。

ものが沢山あるのはいいことだし、豊かなんだなって思うんだけどさ、何か…、違うんだよね。

私にとって無くてもいいものが、誰かにとっては必要なものなのかもしれないしね。

それは分かる。

そういうものっていっぱいあって、想像もつかないくらい、いっぱいあるんだと思う。

そして、それが良いもので、本当に、純粋に誰かの役に立っているのだとしたら、その誰かさんは、とてつもなくラッキーだと思う。(それを作ってくれた人がいたこと、それを手に入れられたことって、当たり前だと思ってるけど、すごいことだから)

 

だけどさ、例えば、その誰かにとっての必要が、他の誰かの犠牲を必要としていたら、

 それでもそれは、必要?

 

これはただの例え話なんだけどさ。

例えば、ある会社が利益をあげる必要があって、本当は必要のない物を必要だと思い込ませることによって、何も知らない人に必要のないものを買わせているとしたら?

それは、人の役に立つどころか、人を病気にしてしまうようなものだったとしたら?

それでも、会社の役には立ってるんだけどね。

(買ったほうが馬鹿っていうのは簡単だけどさ、そもそもなんでそんな事をして利益を出そうと考えたのかは重要だし、もしかして、それに対して何も思わないような人間しか残っていないとしたら…)

 

 

例えば、病院を経営していく為に患者を増やす必要があるからといって、医者が健康な人を病気だと診断していたら?

使わなくてもいい薬を処方する必要があって、その薬を使うことによって、本当に病気になる人がいたとしたら?

それは、医者や病院を存続させるためには、役に立ってるんだよね。

その会社や病院で働く人達の為にも、役に立ってるんだろうね。

彼らは、それが良いことだと信じてそこで働いているのか、給料が必要だから働いているのか、知らないけどさ。

 

これはただの、例え話だからさアレだけどさ。

もし、こんな世界が存在することが許されているとして、まともな人はどこへ行っちゃったと思う?

なんてね。