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死ぬのはアトピーが治ってからでもいいんじゃない?

これは実話ではなく、創作です。

アトピーと運動

アトピーの人で、沢山運動をして汗を流した方がいい、という考え方を持っている人は多いと思う。

実際それで治った人もいるようなので、運動が好きな人にはいい方法だと思う。

体力のある人ならば、運動による効果も得られて、アトピーも治り、と良いこと尽くしです。

しかし、体力のない人ならば、体はアトピーの傷の修復も終わらないうちに、運動による筋肉の疲労に対してもケアを行わねばならず、かえって体のダメージを増やすことにもなりかねないのではないかと思う。

 

断食によって、アトピーが治った私の体験から言わせてもらうなら、アトピーが出ている間は、むしろ過剰な運動はせずにゆっくり休んだ方がいい、です。

食べずに休む。そして、

運動は治ってから、やったほうがいい。

その方が、ラクで楽しいから。

(病気で病院に行くと、大抵の医者は「安静に」とか「ゆっくり休んで」と言いますが、ついでに「栄養もちゃんと取ってね」と言う。この言葉は実は曲者で、医者は本来「安静にしてね、胃腸も安静にね」と言うべきなのに、「栄養を…」という言葉ひとつで、社会に慢性病のリピーターを増やしているのではないかと、私は勝手に思っている…。)

 

実際、アトピーが治ってから体を動かすようになり、アトピーだった頃と治った後では、運動で得られる効果は全然違う。

せっかく運動するなら、より効果を上げたいのが人の常ではないかと思うし、アトピーの人だってそうだと思う。

 

私的に、アトピーだった頃の身体は、その能力の20~50%ぐらいしか使えていなかったように感じます。また、運動によるアトピーへの効果は学生の頃には、それなりに感じたこともあるのですが、年を重ねるごとにあまり実感しなくなっていきました。

なにより、アトピーの時はすごく疲れやすかったですし、汗をかくと傷にしみて痛いですし、とにかく不快でした。学生の時には、それに必死で耐えて、症状がマシになる時もありましたけど、逆に悪化したり、全然良くならなかった時もあります。

 

今の身体は、運動好きな人と比べられたりしたら、それはまだまだですが(特に運動が好きな訳ではないので)、体ってこんな風に動かせるんだなぁ(アトピーの時とは全然違うなぁ)とか、筋肉もこんな風に使えるんだなぁ、と日々新たな発見があって、楽しくて嬉しいです。

 

例えば「即効で効く筋力トレーニング」なるものがあったとして、アトピーの頃の私の場合、1週間まじめに頑張ってやったのに、あまり効果を感じませんでした。

ですが、今なら3日で効果を感じることができますし、1日目から、ここの筋肉をこういう風に使うのか、という感覚が分かるんですね。

これは、アトピーの時に使っていた薬の影響もあるかもしれないので、あまり当てはまる人は少ないのかもしれませんが、私の場合は体中のすべての感覚が麻痺していて、そういった感覚がよく分かっていませんでした。(治るまでは、その麻痺した感覚が普通だと思っていましたし。)

 

アトピーの状態や状況も人それぞれなので、あまり参考にはならないかもしれませんが、アトピーの人で運動が苦手な人や、疲れやすい人は、「胃腸を休ませる」という方法も検討してみてもいいかもしれません。

悲しい時にドクダミ茶

ドクダミ」と言えば、言わずと知れた万能薬として有名ですね。十薬とも呼ばれ、その効能も広く、手に入りやすいので、とても身近な薬草ではないかと思います。

アトピーや皮膚病にも効果が高いので、私も飲む、塗る、お風呂に入れる等、沢山活用してきました。

残念ながら、どくだみがアトピーに効いた!という程の効果を感じたことはありませんが。なんとなく効いているような、というような感じでしたが、特にお茶は味が好きなので、今でも時々飲みますし、常備しています。

 

前置きが長くなってしまいましたが、私がドクダミの効果を一番感じたのは、ただひたすら悲しい時でした。

 

ドクダミの効能は多く、文献やネットの情報でも様々なのですが(何にでも効くってことなのかもしれませんが)、特に有名なのは、「皮膚病」「便秘」「高血圧予防」「むくみ改善」「デトックス」等ではないでしょうか。

ですから、たまたま、その時の自分に効いただけなのかもしれませんが、もしかしたら、他の誰かにも効果があるのかもしれないので、一応書いてみようかなと…。

 

気分を落ち着かせてくれるお茶で有名なのは「カモミールティー」ですね。

私も、夜眠る前や、気分を落ち着かせたい時には、よく飲んでいました。

ですから、すごく悲しい時にも、気休めに飲みましたが、特に何も感じませんでした。

ただのお茶、という認識でした。

次の日ぐらいに、たまたま、ドクダミ茶が余っていたので、ホットで飲んでみました。

これが、すごく効いた。一口飲んですぐに、胸のあたりがじんわりしてきたんですね。

悲しみそのものが消えるという訳ではないのですが、そのじんわりが喉からお腹あたりまでの全体に広がって、すごく心地よく感じました。

「あぁ…、ドクダミって、こんなに即効で効くんだ」、「すごいなぁ…」って。

そのまま、一週間くらいは飲み続けたと思います。胸のじんわりを感じなくなった頃に、飲むのは止めました。よくわからないけど、大丈夫な気がしたので。

 

もしかしたら、何日も泣いていたので、呼吸器官や胸に炎症や熱があった可能性もあるかもしれませんけど。

それでも、今までで、一番ダントツにドクダミの効果を体感したのは、この時以上にはないですね。

 

お墓に行っても仕方がないのに、お墓に行ってしまうのは何故なのか、いまだに分かりませんし、お墓に行くのが自分にとっていいことなのかも、分かりません。

悲しみを癒してくれるのは、時間といわれますが、本当にその通りだと思います。

ドクダミ茶が悲しみを癒す訳ではありませんが、悲しすぎたり、泣きすぎたりした時に、もし身近にドクダミがあったら、試してみてもいいかもしれませんね。

 

恋の痛みにも効くのでしょうかね…。笑

でも、恋をしてる人はドクダミ茶は飲まないイメージかな。いちごみるくとか、タピオカミルクティのイメージ?私の、イメージって勝手すぎる。

 

※どくだみ茶は利尿作用があるので、眠る前に飲むのはやめた方がいいかもしれません

野草と山菜について少しだけ 2

春がこんなに生命に満ち充ちているとは…。春っていいですね。

今日は、山菜を採りに行ったので、また野草と山菜について少しだけ…

 

ぜんまい

生で食べられないこともない?けど、美味しくない。けっこうエグイです。やっぱり、調理して食べるのが、美味しくていいですね。小さな頃から思ってましたけど、ぜんまいってすごく気になる見た目をしていますよね。なぜか人目をひくというか、不思議で好きです。

 

わらび

これは基本、生では食べない方がいいみたいですけどね、採ってすぐ食べてみたら、意外に美味しくて…。

少しアクっぽいんだけど、瑞々しくって少しトロっとした食感が初めてだったので、すごく新鮮に感じて、ちょっと感動というか…。

牛が大量に食べてしまってワラビ中毒になるので、牛飼いさんは気をつけなければいけないんだけど、わかるよ、牛。これは食べちゃうよ。美味しいもんね、って思った。

それで、どうにか生食に近いレシピはないものかと探していたらですね、東北とか、寒い方の地域では、アク抜きをしなくてもよいワラビがあるようなんですね。私が勝手に思うに、そういうものがあるからこその発想ではないかと思うんですが、「ワラビのたたき」なる食べ方があってですね、作ってみたら、これがすごく美味しい。

(アクぬきしたワラビを、みじん切りのようにたたくように切って、味噌と砂糖、その他の薬味はお好みで混ぜるだけ)

これは、普通のワラビでもアク抜きをしたもので作れますので、ワラビが身近にある人は是非どうぞ!まだ試せてないですけど、日本酒との相性は最高だろうなと思われます。普通にご飯にのせるだけでも、美味しい!

去年から知って、ハマっているのですが、わらびにこんな食べ方があるなんて、本当に感動です。小さい時からずっと知っているのに、知らなかった。母にも聞きましたが、こういう食べ方は聞いたことないようでした。こういう発見は本当に嬉しいです。

東北の方にはまだ行ったことがないのですが、私が普段食べている山菜や野菜よりも味が濃いのではないか(ぎゅっと濃縮?)と思っていて、実は、素材そのものを色々食べに行ってみたい場所ナンバー1なのです。期待しすぎちゃってるのかもしれないのですが、東北出身の人が書いた本の中の、料理や素材の記述の仕方が、私の知っている野菜とは少し違っているように感じたり(単純に品種で違うものも多いんだろうけど)、個人的にその書き方にも、魅力を感じる事が多いので。

ま、わらびは生で数本くらいは食べられると思うけど自己責任でお願いしますね。本能的に、生で沢山食べられる気がしないと思いますが…。

 

つくし

今日、山に生えてたので、どんな味だったっけ?と思って食べてみました。

嗚呼…、困りました。

前回書いた記事で、れんげの葉が一番美味しいといったのに…、

同じ味です!!

つまり、もやし味。しかも茎?が太い分、こちらの方が、もやしっぽいかも。

ま、美味しいってことです。

ただ、見た目が茶色なので、生食のイメージっぽくないんだよね。なんか、固定概念の修正に時間かかりそうで、わたしは、多分、どっちかを選ぶなら、緑色のれんげの葉の方を…、いや、どっちも食べます。春だから。

(つくしも生食はあんまりよくないみたいですので、自己責任でおねがいします。)

 

すぎな

すぎながつくしの子供かと思ってたら、つくしがすぎなの子でした。勘違いしてました。

これ栄養成分が豊富で、近年人気の野草ではないかと思うのですが、生はね、食べる事はできるけど、おいしくない。ぜんまいほどはエグくないけど、生で食べたい味でもないです。

お茶で飲む人が多いみたいだけど、乾燥させるのが大変そうだし、飲んだことあるんですけど、私的に、そんなに飲みたい味でもないんですよね。

アトピーに効果があると言われていて、大量に色んな食べ方をしたことがあるので、その反動で今は興味がないのかもしれません。私の場合、これで、アトピーがよくなった訳ではありませんし。体にいい食べ物なんだろうな、とは思うけど…。

 

それなら、私はよもぎの方を食べますね。体が食べたいと言うので。

野草でも、何でも相性があるんだなと、感じる今日この頃です。

 

しつこいようですが、山菜や野草を食べる方は、自分で調べてから食べて下さいね。

自己責任で、美味しく、楽しんでください。

 

 

化粧の隠しているもの

顔色の悪さをカバーできるメイクがある。目の下のくまを隠せるメイクもある。唇の色を明るくする口紅もある。今やメイクでごまかせないものは、心ぐらいと言っても過言ではないかも。それぐらい、メイクもメイク技術も進歩してる。

 

もちろん隠しきれてないことだってある。

 

仕事先の人の顔色が悪くても、聞いちゃいけないんだろうな、って思っちゃう。だって、隠してるんだから。

どこか悪いのかもしれないし、悪くないのかもしれないし。

同僚の目の下のクマの理由が、面白い本に夢中になって寝不足…、とかだったらいいな。でも、悩みや不安をずっと抱えていて、眠れなくなっていたとしても…、言わないし、言えないことが多いね。

周りもやっぱり、聞けないし、聞かないね。だって、隠してるんだから。(言っちゃう人もいるし、聞いちゃう人もいるけどね。それはそれで、別の問題が発生しちゃったりして、コミュニケーションって難しいね。化粧だけの問題でもないね。)

 

メイクをしてても隠しきれない顔色の悪さは、誰も聞けないし、聞かない、本人も言わないし、言いたくない?っていう、暗黙のルールのような、何かがあるね。

 

こんな風に、コミュニケーションの欠陥を引き起こしつつも、「愛されメイク」なんて、モテは謳うんだよね…なんて思ってみたり…、思わなかったり…。

 

どうして化粧をするのか、考えてたら悲しくなってきた。

改めて、どうして化粧をするのか考えてみたのですが…。

私は、化粧品が(基礎化粧品も含めて)きれいにしてくれるとか、きれいになれると思っていたのですが、どうやら前提が間違っていたようです。

すっごく頑張って色々考えてみたのですが、なにをどうやっても、この結論にしかならないので、正直困りました。

 

化粧品は、あなたは可愛くないから化粧したら?とか、あなたには足りないところがあるから化粧品で補いなさいよ、こういう前提で成り立っている。

たしか…、数年前?くらいに「化粧品は、お前ブスだから化粧しろっていう、考えから成り立っている」みたいな話題があったような気がしたので、検索しましたけど、探せませんでした。

 

キラキラした可愛い容器で、見ているだけで気分が高揚するような、化粧品の正体が、「お前は肌がきたないから化粧しろ」、「目が小さいから大きくしろ」「鼻が低いから高く見えるように化粧しろ」、という前提で存在しているんですね。

そして、「お前は顔が大きいから」とか、「もう年だから」とか、「ブスだから」、そう思い込ませて、買わせてるんですね。…怖い。

 

怖いというか、悲しい。

きれいにしてくれるはずの化粧品の価値観を支えるものが、自分をブスだと思い込ませるってのが、すごく悲しい。悲しすぎる…。

 

化粧の歴史について調べていると、7万年前に行われていた、という記述をWikipediaで見ました。

その当時の化粧は、口や耳などの穴から悪魔などが進入するのを防ぐために、赤色の物体を顔面に塗りつける、というものだったようです。

たぶん、おまじないやお守りのような意味合いなのかなぁ、と思うのですが。

まず、悪魔の定義がわからないので、はっきりとしたことは言えませんが、私が思うに、7万年前の人類は、赤色の物体を顔面に塗りつけたりしなくても、唯、大丈夫だって、信じればよかったし、悪魔なんていないと信じれば良かったんだと思うのです。だけど、信じきることが難しかったので、化粧をすることで、心を強く持とうとしたのかなと。(勝手に推測してるのですが)

 

現代の化粧をする心理も、基本はこれと一緒なんじゃないのかと思います。

7万年も前から、人類はこんな考えに支配されていたって事もびっくりですし、それがいまだに続いてるっていうのも…、はっきり言って、ちょっと、おかしいのではないかと。

昔からその考えがあるから、正しいとは限りませんし。

化粧が伝統だから正しいとも言えませんし。

むしろ、こんな思考がずっと続いてることの方が悪魔的だし、しかも化粧を続けてるのに悪魔を防げてないし。

それほどに、自分を信じることが難しい…、と思い込まされているのでしょうか?

 

毎日化粧をしてる人って多いと思うのですが(基礎化粧品も含めて)、

お前には足りないものがあるって、毎日、無意識に思いながら化粧水を塗ったり、

お前は可愛くないから化粧してるんだって、毎日、無意識に思わされてることになるんだけど、これって、毎日毎日、自分で自分に暗示をかけていることになるのではないでしょうか?

これって精神的にもよくないんじゃない?

だって、その人には足りてないものなんてないんだし、勝手に可愛くないと思い込んでるだけなんだし。(なんか、スピリチュアルっぽい?)

それなのに、そんな風に思い込ませて、商品を購入させ、そのうえ肌本来の働きを破壊して、化粧品に依存させたり、新しい皮膚病まで作ってるという…。

一体、なにがこれを可能にしているんでしょうね。

 

化粧をしてる人で、みんなが化粧をしてるからしてる、って人は多いと思うのですが、多分この考えが↑を可能にしてるんでしょうけど。

これは赤信号みんなで渡れば怖くない的な感じで、たぶん赤信号を渡っているんじゃないかと。(勝手に思ってます)

それなら、みんなでやめれればいいのですが。(赤信号で止まるのは当たり前なんですけどね…)

どうなんでしょう。

ただ、赤信号を渡ってる最後の一人には絶対なりたくないんだろうなってのは、想像できるのですが、そもそも、信号に気付いてなさそうな気もするし。

 

化粧の歴史は古いみたいですが、化粧をしない時代もあったようですし、現代でも化粧をしない人がいるのはよかったです。多数派ではありませんが。

さてさて、今までにない新しい化粧のあり方を考えればいいのか、そのままの自分がいいという精神を手に入れるだけでいいのか、美の概念を変えるのか、…。

ま、自分の実感としては、どんな化粧水や美容液、ファンデーションを使うよりも、断食したほうが、はっきりと確実にお肌はきれいになりましたけどね。

 

 

お化粧したいけど、したくない。

アトピーが治ってやりたかった事のひとつに、化粧がある。

もちろん、アトピーの頃にもメイクをしてた事はあるし、できなかった時もある。ただ、基本的には肌の状態がよくないので、少しビクビクしながらやってた気がする。だから、肌が綺麗になったら、楽しくメイクできるんだろうなって思ってた。

ここ数年は、メイクらしいメイクもできなかったけど、雑誌や道行く人を見て、今はこんなメイクが流行りなのか、こんな新商品が出てるのか、すごい!試してみたいなぁ、なんて思ってたと思う。

アトピーが治ってから、お肌の調子もいいし、今日はメイクしてみよう、と鏡の前に立ってみたことがある。

でも、できない…。

したいとは思うのに、なぜかできない。困る…。

 

アトピーの頃は、何をつけても、つけなくても、肌の状態は常に不快だった。

でも、今は何もつけなくても、不快じゃないし、何もつけていないのに快適な肌の状態に軽く感動してるというか…、たぶん嬉しいんだと思う。

 

実際、あんなに保湿に気をとられて、時間も使って、お金も使っていたのに、肌が健康ではなかった頃と比べると、何もつけていないのに、健康な今は比べようもないほどに、快適すぎる。

もちろん、もともと健康な肌の人と比べたりしたら、まだまだかもしれませんけど、自分史上、今日が一番いい!のです。

明日はもっと、いいだろうなって思えるんです。一年後はさらに、もっと…。というように、毎日お肌が健康になってきてるんだなぁって感じるんですよね。

 

化粧水や乳液、美容液なんかを使っていた頃は、肌が健康になってきてる、なんて感じたことはないですけどね。もっちりしてる、すべすべしてる、しっとりしてる、乾燥さえしなければなんとか大丈夫、炎症はたぶんマシになったかな、とかは思ってたんですけど。

今でも、時々、肌に乾燥した箇所があると、そこだけ化粧水くらいは塗ってみてもいいんじゃない?って本当に時々、思っちゃうことがある。

でも、できない。やっぱり、したくない。

 

たぶん、やろうと思えば、化粧水をつけることも、メイクをすることもできると思う。(アトピーの時でさえ、できていたんだから。)

ただし、アトピーの頃よりも少ない痛みを伴って、できるのだと思う。そう、たぶん、ほんの少しだけ痛いか、不快感を感じるだけ。少しだけ。

だけどさ、少しだけど、少しでも痛いのに、その痛みを受け入れなくちゃいけないのかなって。

 

アトピーの時には、常にかゆみ、痛み、熱感、不快感があったから、逆に痛みや不快感に対しては、麻痺しちゃってて、もう分からなかったんだと思う。

だけど、少しでも痛いって思うのなら、不快感や違和感を無視してまで、化粧水をつけたりメイクをしたくないって、気付いてしまったんだろうな、これって。

 

アトピー向けの化粧品や、敏感肌向けの化粧品があるのは、もちろん知っています。使ってましたし。

色々試して、やっと自分に合うのが見つかって、でも、しばらく使っていたら、突然合わなくなって、また探して…。これの繰り返し。一体何回こんなことをやればいいのだろう。まるで、アトピーの薬と一緒じゃない?

 

本当、なんで保湿しなきゃいけないって思い込んでたんだろう。

私の場合は、小学生の頃に、医者から、アトピーだから保湿するように指導されたのがきっかけだけど。

だけど、普通の健康な人も保湿してるじゃない?基本的に、化粧品って健康な人向けに作られてるし。

でも、肌にとって、それらを使わなくてもいい状態を保ってるなら、使わないほうがいいに決まってるよね。

普通の健康な肌の人はなんで保湿しようと思ったんだろうね。

アトピーだった私の肌がここまで回復できるのなら、普通の健康な肌の人は、それらをやめれば、もっと健康できれいになるんじゃないのかな?とか、思ってしまう。

きれいになれるはずの化粧水を使っている人の肌が荒れたりするのはどうして?

たまたま、その人に商品が合わなかっただけ?

それとも、長く使っていると合わなくなってくるものなの?

それとも、化粧水自体が本来肌に必要ないものなの?

 

どうして健康な人でも肌が荒れるの?

加齢によって?ストレスによって?暴飲暴食?ホルモンバランス?

たとえば、これらに対して、化粧品はどれほどの効果があるの?

実はまったく効果はなくて、むしろ、より肌の健康を害する、なんてことはないよね?

 

肌荒れはメイクをすれば、ある程度隠すことはできると思うけど、ただ、隠すだけだよね?

痛いのを我慢して、その上に化粧して、肌荒れの治りもさらに遅くなって…って、こんなのおかしいよ。みんなしてるけどさ。

にきびの上にファンデーションを塗るのだって、本当は嫌なんじゃないのかな。

化粧はマナー…。

化粧が自分の体を傷つけてるとしたら?

そんなこと言われても困るんだけど。

 

だから、お化粧したいけど、したくない。

一日一個のりんごで医者いらず

これって、毎日りんごを一個(日本だと半分)食べると健康にいいって意味なんですね。

一日一個のりんごが健康にいい、とは頭では分かってたつもりだけど、毎日食べると良いとまでは、理解できてなかった…。

いや分かってたけど、分かりたくなかったのか…。(多分ヨーロッパほど、りんごは身近でお安くない気がする。今でこそ、常にりんごの買い置きしてますけど、一般的に毎日りんごってあるものなのかな。バナナとか、みかん、その他という選択肢もあるわけだし)

 

そしてさらに、勝手に解釈するならば、現代日本人は、

一日一個だけのりんごを食べる日を作ると健康にいい!

ではないかと。

もちろん、休日など、あまり活動しなくてもよい日に。

一年に一回、半年に一度、まぁ、人それぞれのタイミングで。(もし、やったとしても、次の日のドカ食いはやめようね。せっかく、胃腸を休ませたのに、意味がないので)

やっぱり極端な考え方なのかな…。(こんなことをしながら、りんごの食べ比べをしてたんだけど、ふじ(言わずと知れたりんごの品種)は本当に美味しい。ふじはすごい!他のも美味しいんだけど、そのままで食べるなら、断然ふじ。)

まぁ、多分、こういう事をしない人でも、風邪をひいたり、夏バテしたり、疲れてたりで、体はなんとかして、胃腸を休ませてくれようとしているので、なんとかなってると思うんだけど(人間ってよくできてる)、そうなる前に自分から休ませてあげてもいいかもしれませんね。

 

もし、断食などを始める人がいたら、これからの暖かい時期がオススメです。

夏の断食をしてびっくりしたのですけど、夏場の断食(と言っても、半断食とか1~3日程度ですけど)は涼しい。というか、暑くないので、とても過ごしやすかったです。

夏場に食欲がないのは、理にかなってる気がします。

ま、夏バテするから食べなさいっていわれるんですけどね。